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精神科・内科・消化器内科

当院についてAbout us

院長あいさつ | 常勤医 | 病院概要 | 病院沿革 | 臨床研修・実習

院長あいさつ

院長写真 
  残暑お見舞い申し上げます。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

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 ゴールデンウィークに読もうと積んでいた『武田氏滅亡(角川選書)』、今になってようやく目を通すことができました。752ページもある大書です。信玄の時代についてはほとんど記載がなく、その息子、勝頼の時代について書かれています。

 歴史好きの方であれば、最近、勝頼の評価が高まっていることをご存知でしょう。以前は偉大な父(信玄)を超えようとして無謀な戦いを繰り返し、その結果、武田家を滅ぼした人物 - そういった評価でした。しかし、実は違います。武田の生き残りをかけて奮闘した強者(つわもの)、それが実像です。

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 私は一度甲府を訪れたことがあります。想像していたより広いというのが第一印象。しかし、ワインで有名、葡萄の産地ということは水はけが良いということ。つまり稲作には向かない痩せた土地を意味しています。

 躑躅ヶ崎館の跡地も見学してきました。信玄が政務を執った場所です。そこは、名前が示すとおり「館(やかた)」であって、お城とまでは言えません。どうして信玄は大きな城を築かなかったのか?「人は城、人は石垣、人は堀」と考えていたのか、それとも算盤をはじいたのか・・・、私は両方だと思います。高い税金を課して巨城を築くより、“甲斐”をまとめることを優先させたのでしょう。

 駅前の巨大な信玄像が示すように、信玄は今でも地元で神様のように扱われています。それは何より領国経営がうまかったからです。氾濫しやすい川を整備し、鉱山採掘を進め、甲府を豊かにしました。民衆に課せられた税金も少なかったようです。余談ですが、信玄はアイデアマンでもあります。信玄堤や陣立味噌(戦場食)の他、戦国期にユニフォームを統一したのも信玄が初めてと言われています。

 しかし、時代は変わり、勝頼の代になると鉱山から金が採れなくなりました。一方、織田・徳川の脅威が増し、戦費がかさみます。実際、勝頼が口にしたかどうか分かりませんが、「前もってもう少し大きな城を作っていて欲しかった」「もっと金(きん)がたくさん出れば・・・」「そもそも織田と決裂したのは父のせいではないか」等々、時には愚痴をこぼしたくなったのではないでしょうか。

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 勝頼の代に武田が滅んだのは、北条との同盟が壊れたからと指摘する歴史家は少なくありません。上杉家に跡継ぎ争いが起こり、北条が支援する景虎ではなく、景勝の方を応援したことで武田と北条の関係が悪化したというわけです。武田が景勝を支援した理由は、「武田の家来になる」という申し出に目がくらんだからだという人もいます。しかし、そんな単純な話ではありません。『武田氏滅亡』を読めば、いかに勝頼が先を読んでいたか、そしてうまく立ち回ろうとしていたかが分かります。

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 話は変わりますが、読者や視聴者というのは、正確にいうと登場人物というより、その人物の置かれている境遇、精神科的にいえば「関係性」に感情を移入します。仮に親子ドラマであれば、小さかった頃の自分と親との関係をそこに映し出します。二代目経営者であれば 自分の境遇と“勝頼”の立場が交錯するでしょう。それ故、『武田氏滅亡』は先代から何か引き継いだ方にお勧めの本といえそうです。

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 勝頼の代には、織田が経済力で武田を圧倒していました。陳腐な結論ですが、武田氏滅亡の最大要因は織田との「経済力の差」です。

 武田の最期は身内から離脱者が続出します。「気持ちはこもっています。でも病院はボロボロ」「給料は下がりますが、みんな頑張ろう」というのでは患者さんも職員も離れていってしまいます。『武田氏滅亡』を読んで、「そうならないようにしなければ」と気を引き締めた次第です。

令和1年8月14日 院長 松本康宏

<追記>
☆ 9月13日午後、『病院納涼祭』を開催いたします。どなたでも参加可能です。今回、催し物もたくさん用意しておりますので、是非、皆様、お立ち寄り下さい。
 


常勤医

院長
松本 康宏
出身 秋田大学
資格 精神保健指定医
   日本精神神経学会指導医・専門医
副院長
戸澤 琢磨

出身 秋田大学
資格 精神保健指定医
   日本精神神経学会指導医・専門医
   日本医師会認定産業医
診療統括部長兼入院診療部長
塚本 佳
出身 秋田大学
資格 精神保健指定医
   日本精神神経学会指導医・専門医
外来診療部長
佐藤 佳子
出身 秋田大学
資格 精神保健指定医
   日本精神神経学会指導医・専門医
   日本医師会認定産業医
内科診療部長
阿部 徹
出身 秋田大学
資格 日本内科学会認定内科医
   日本消化器病学会 消化器病専門医
   日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医
   ICD
   日本医師会認定産業医
診療科長
黒沢 諒
出身 秋田大学
資格 精神保健指定医
   日本精神神経学会指導医・専門医
診療科長
舛川 仁
出身 秋田大学
資格 精神保健指定医
   日本精神神経学会指導医・専門医
   日本医師会認定産業医
診療科長
佐藤 亘
出身 秋田大学
資格 精神保健指定医      
診療科長
安宅 慶一郎
出身 北里大学
資格 精神保健指定医

病院概要

病院理念

患者様との心のふれあいを大切にし、親身で良質かつ安全な医療を提供するように努めます

基本方針

  1. 患者様に信頼され、安心される医療を行います
  2. 医療の質を高め、安全を追求するよう努力いたします
  3. 患者様の人権を尊重し、個人の尊厳を守ります
  4. 高い倫理観と医療技術を有した人材の育成を図ります
  5. 良質な医療を提供し、より地域社会に貢献できるよう努めます

概要

法人名 医療法人 回生会
事業所名 秋田回生会病院
診療科目 精神科・内科・消化器内科
所在地 〒010-0063 秋田市牛島西一丁目7-5
電話番号 018-832-3203
FAX番号 018-831-8780
開院 昭和6年6月1日(法人 昭和26年6月21日)
管理者 院長 松本 康宏
定床
病棟構成
病床数 402床
病棟 東1病棟 (精神療養病棟) 60床
東2病棟 (精神療養病棟) 60床
東3病棟 (精神療養病棟) 60床
西1病棟 (認知症治療病棟) 60床
西2病棟 (精神科急性期治療病棟) 42床
西3病棟 (精神療養病棟) 60床
西4病棟 (精神療養病棟) 60床
併設施設 訪問看護ステーション 「ひまわり」         
生活訓練事業所 「紫陽花」

回生会グループホーム 「さくら荘」「あやめ荘」

平成30年4月 現在

病院沿革

昭和6年6月1日
開院 病床数:32床
昭和9年8月
病室増築竣工 病床数:36床
昭和11年12月
病室増築竣工 病床数:59床
昭和14年9月
病室増築竣工 病床数:83床
昭和16年10月
病室増築竣工 病床数:121床
昭和25年5月1日
精神衛生法が制定される
医療法人制度が制定される
昭和25年12月
病室増築竣工 病床数:150床
昭和26年6月21日
医療法人回生会 法人設立
昭和27年9月
管理棟竣工
昭和27年12月
病室増築竣工 病床数:182床
昭和30年4月
病室増築竣工 病床数:213床
昭和33年4月
病室増築竣工 病床数:284床
昭和37年12月
病室増築竣工 病床数:320床
昭和40年4月
病室増築竣工 病床数:355床
昭和44年10月
病室増築竣工 病床数:375床
昭和48年4月
病室増築竣工 病床数:402床
昭和51年10月
病棟改築竣工
昭和55年1月
管理棟増改築竣工
昭和58年12月
療法グランド完成
昭和62年12月
開放病棟増改築竣工
平成6年4月
3階開放病棟増改築竣工
平成18年7月
東病棟・西病棟増改築竣工
平成19年2月
精神科急性期治療病棟開設
平成26年6月
認知症治療病棟開設

臨床研修・実習

当院は、秋田大学医学部附属病院、秋田赤十字病院、中通総合病院の医師臨床研修協力病院となっております。また、日本赤十字秋田看護大学看護学部、中通高等看護学院の実習施設となっております。



医療法人回生会
秋田回生会病院

〒010-0063
秋田市牛島西1丁目7-5
TEL 018-832-3203
FAX 018-831-8780