2020/02/17

引きこもり

 寒い日が続く中、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
 最近、「引きこもり」に関する記事をよく見かけます。「8050問題」、中高年の引きこもり者数61万人、川崎で児童が襲われた事件、元事務次官が息子を殺害した事件、こういったことが影響してのことだと思います。
 「引きこもり」に関しては、実は20年前も話題になりました。きっかけは、斎藤環氏の『社会的ひきこもり』という本です。
 当時、精神科医にとって、「引きこもり」は不登校や家庭内暴力と絡んだ問題でした。
 不登校の多くは、自尊心が傷ついたことから始まります。例えば、部活で一番だった生徒がその地位を奪われたとか、異性のグループから容姿をからかわれた等です。他人からみればささいなことに見えるかもしれませんが、当人にとっては深刻なできごとです。一度傷ついた自尊心はなかなか回復しません。とはいっても、しばらくすると多くの生徒は社会に戻っていきます。ただ中には、そういったことがきっかけで引きこもりを呈し、家庭内暴力が起きてくることもめずらしくありません。
 20年前もこういったケースに解決策がないか思案していました。その際、参考にしたのは、やはり先達の知恵です。
 今から50年程前。笠原嘉(よみし)氏は、大学生の中で留年を繰り返す一群に関心を持ちます。彼らは勉強をする気がなく、試験を受けようともしません。しかし、あらゆることに意欲を失ったわけではなく、アルバイトなどには熱が入るのです。笠原氏はこの一群を「スチューデント・アパシー」と名付け、考察を加えました。以降、サラリーマンにも同じような現象がみられることから「退却神経症」とした概念も生まれました。
 記憶があいまいですが、内容は次のようなものだったと思います。 <学校や社会から退却した人には、「こういう自分でないと嫌」といった“こだわり”を認めやすい。例えば、「上位の成績が取れないなら試験を受けない」「活躍できないなら会社には行かない」としたこだわり。逆にいうと「留年しなければいいや」とか「給料さえもらえればいい」とした考えができない。対策としては、理想となる先輩を見つけるのが有効>とした具合です。
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 さて話を50年前から20年前に戻しましょう。
 20年前、「引きこもり」は、若者特有の現象と捉えられていました。そして斎藤氏は『社会的ひきこもり』の中で「去勢の否認」といった難しい言葉を用い、現代の教育システムの問題点を指摘していました。以下、私の考えも含めてご説明します。
 「誰しも無限の可能性がある」とした教育は、個人の潜在力を引き出す一方、万能感を膨らませてしまう危険性があります。夢をみることは大事。ただ、夢を見て色んなことに挑戦しながら、うまくいかないことを少しずつ経験していくことも大事です。なぜなら、失敗して初めて、人間は「自分が万能でないこと」を知り、他者と交流し協調しようとするからです。
 子どもの頃、なまじ勉強・スポーツ・音楽等ができると、万能感を持ち続けやすくなります。しかし、誰しも最後まで一番ではいられません。社会人になれば自分がしたいこと(夢)より、組織がして欲しいことをこなさなければならなくなります。つまり、エリートこそ、後になって心理的危機が起きやすいというわけです。
 ただ、これだけ「引きこもり」が大衆化し、全世代に渡って存在するとなると、上の理解だけでは不十分です。対応に関しても、精神科医による個人技より、多職種による社会的支援が求められます。
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 支援は多岐に渡りますが、紙幅の関係上、今回は「就労支援」についてのみコメントしておきます。
 まず①統合失調症や双極性障害を背景とした引きこもり②発達障害が多分に影響した引きこもり③その他に分けます。すると③が一番多くなります。そして③を「引きこもり期間」が長いケースと短いケースに分けます。さらに、この2つを就労経験がある場合とない場合に分けます。
 そのように4分割すると、比較的早めに就労支援をかけて良いケースが判明します。「引きこもり期間」が短く、就労経験のあるグループです。逆に、「引きこもり期間」が長く、就労経験のないグループは家族支援を行ったり、カウンセリングをしながら慎重に就労の機会をうかがうべきでしょう。
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 引きこもりは自由に生活しているようで一番不自由な生活です。ケースによっては、当院の医療相談室やカウンセリング、
デイケア、訪問看護、紫陽花(生活訓練施設)がお役に立てるかもしれません。5月に当院でシンポジウムを行います。
その際、皆さんと一緒にそこから一歩踏み出す方法を模索できれば幸いです。
令和2年2月17日 院長 松本康宏