2021/01/29

飽きない理由(わけ)

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

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 今回は、『孤高のメス』という映画を取り上げます。

 舞台は、平成元年。ちょうど私が大学生になった年です。ピッツバーグで研鑽した腕の立つ外科医(堤真一)が地方の病院に赴任してきます。彼が準主人公。では主人公はというと、その外科医と一緒に仕事をする手術室のナース(夏川結衣)です。

 その外科医が赴任する前は、下手な手術ばかり。救える命も救えず、主人公のナースは、暗澹たる気持ちで仕事をしていました。しかし、その外科医が来てからは状況が一変します。手術が成功し、患者が回復する姿を見て、主人公は仕事に対する意欲を取り戻します。

 しかし、充足した日々もつかの間。しばらくすると暗雲が立ち込めます。それは、脳死肝移植を行うことにしたためです。脳死肝移植は当時まだ法律で認められておらず、実行すれば殺人罪に問われるかもしれません。にもかかわらず、行うことにしたのは、患者を救いたいという思いと、ドナー(肝臓の提供者)と家族の願いを叶えるためです。

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 この映画で一番記憶に残ったセリフは、準主人公(堤真一)が若手の外科医にかけた言葉です。<医者を続けるのは、医者になるより、何倍も難しい>

 一瞬、逆じゃないの?と思いました。一応、医学部に入るのは難しいとされています。一方、医者が転職したという話はあまり聞きません。

 おそらく、その外科医が発した「医者を続ける」という意味は、「情熱を持って続ける」とか「初心を忘れずに続ける」といった意味なのでしょう。

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 私は社会人になってからラッキーなことが重なりました。その一つは、「仕事に飽きなかったこと」です。

 患者さんと関わる際には、①病理を知る②症状を把握する③生活が壊れないようにする、こういった観点で診ています。

 病理という言葉は、あまり聞き慣れないかもしれません。そこで分かりやすい例を提示します。妄想には色んな種類があります。物盗られ妄想、被害妄想、血統妄想、貧困妄想、嫉妬妄想・・・。一番上に書いた「物盗られ妄想」は認知症に認められやすい妄想です。認知症の患者さんは「しまった場所」を忘れます。違う場所を探せば、当然、物は見つかりません。そこで今度は、「誰かが盗ったのかなぁ?」と思い始めます。・・・これが「物盗られ妄想」の病理です。

 ②は説明するまでもありません。例えば、てんかん。タイプによって効く薬が異なります。

 最後に③について。これが一番重要なことです。特に外来では、患者さんの生活が壊れないようにみていく必要があります。そのためには、できるだけ生活状況を把握しなければなりません。しかし、これには時間がかかります。

 生活能力がどれくらいあるのか。誰と暮らしているのか。一緒に暮らしている家族はどのような人なのか。こういった情報を集め、考えを巡らせていると、いつも時間が足りなくなります。これも「飽きない理由」の一つです。

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 『孤高のメス』を観ていると「外科の仕事も大変だなぁ」と思います。主人公のナースは家に帰ってからも次の日の予習をしています。

 一方、精神科には精神科なりの大変さがあります。

 問題を抱えた子どもが自分のところを訪ねます。根はいい子です。こちらも「何とか良くなって欲しい」と思い、関わります。しかし、良くなるどころか事態は悪化。それなりに行くことができていた学校にも行かなくなり、結局、中退。その後は、引きこもり生活。家族とはけんかが絶えず、自傷等の症状もおさまりません。

 こういった難しいケースであっても1年位のお付き合いであれば、さほどしんどくは感じません。しかし、3年4年となると、違ってきます。「自分が関わったことで、この子の人生が台無しになったのではないか」、そんな考えさえ頭をよぎります。本人や家族ほどではないにせよ、治療者もギリギリまで追い詰められるのです。

 実はこういった場合、バトンタッチをするのも一つの手です。長い付き合いが必ずしも良いわけではありません。しかし、深い関わりの中でしか、味わえないものがあるのも事実です。これも、仕事に「飽きない」理由の一つなのでしょう。

令和3年1月29日
院長 松本康宏