2021/03/26

ハームリダクション

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 先日、『ハームリダクションとは何か』(中外医学社)という本を読みました。

 ハームリダクションという言葉に関しては、聞き慣れない方も多いかと思います。これは今世界で議論を呼んでいる、公衆衛生の新しい概念。NGO(Harm Reduction International)によると次のように定義されています。

 <違法であるかどうかに関わらず、精神作用性のあるドラッグについて、必ずしもその使用量は減ることがなくとも、その使用により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする政策・プログラム、そして実践である>

 少し分かりにくいですね。具体例を挙げます。
  ・薬物依存に陥っている人に対して、無料で注射器(針)を配る
  ・注射でオピオイドを使用している人に対し、錠剤に置換する
  ・断酒を望まなければ、減酒から始める
 こういったものです。

 ただ、ハームリダクションは、もっと広い概念で捉えても良いのではないでしょうか。私は、当院が行っている『Sunミーテイング』もハームリダクションの一つと考えています。その根拠は以下です。

 『Sunミーテイング』には、アルコールを止めることができていない人も参加されています。しかし、完全断酒には至らずとも、以前と比較して「入院することが減った」「滅多に飲まなくなった」という人が少なくありません。まさにこれこそ、ハーム(害)のリダクション(減少)ではないでしょうか。

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 ハームリダクションが重視するのは、ドラッグや飲酒の「量」ではなく、それを使用することによって生じる「ダメージの量」です。

 だから、次のように考えます。
  ・薬が止められないのなら、せめて注射器の回し打ちによる感染症を防ごう
  ・オピオイドであっても注射より錠剤の方がまし
  ・断酒に越したことはないが、節酒でもそれなりに酒害を減らすことができる

 これは「合理的で現実的な考え方」だと思います。しかし、なぜか日本人はこういう発想が苦手。「そもそも、そういったクスリをやる方が悪い」とか、「飲む奴がいけないんだ」といった論になりがちです。

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 「ハームリダクション」について知った際、頭をよぎったのが、日本がアメリカに戦争で負けた理由。それともう一つが、会議で時々耳にする「そもそも論」です。

 まず初めに日本が負けた理由から。

 私が子どもの頃は、戦争(第2次世界大戦)の話をよく聞かされました。内容は、悲惨、反省、懺悔といった色彩の濃いものでした。

 日本人だけでも300万人以上の方が亡くなっています。ですから、こういったことが二度と起こらないよう、戦争の悲惨さを語り継ぐことは重要です。ただ、敗戦について語るには、誰かが悪者にならなければなりません。日本の場合は、軍部がその役割を引き受けました。

 そのため、「軍部がバカな戦争を起こした」「日本軍はひどい作戦ばかり行った」とした話を今も耳にします。しかし、物事はそんなに単純ではありません。本を読めば、少なくとも、日本軍はそれなりに考えて作戦を立てていたことが分かります。敗因は一言でいうと「国力の差」です。

 ただ、日本人とアメリカ人の「考え方の差」が勝敗に与えた影響も無視できません。それは例えば、次のような点です。

 アメリカ人はマニュアルを重視します。マニュアルは、誰がやっても「まあまあな結果が出る」といった点で合理的。だから戦争のような総力戦に向いています。一方、日本人は匠の技とか、職人気質といったものに重きを置きます。これは一対一の戦いには向いていても集団戦には向きません。

 ハームリダクションは、多くの人が(ある程度)利益を得られるための概念。その点、マニュアルの活用と似ています。やはり、公衆衛生に求められるのは、こちらの方ではないでしょうか。

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 次に「そもそも論」について。

 会議において、話がまとまりかけた時に、「そもそも、それが本当に正しいことですか?」と言い出す人がいます。そうした発言には、人道的見地や社会的意義といった大義名分が付きもの。そのため、無下に却下することができません。結果、会議は暗礁に乗り上げます。

 このように「そもそも論」は、人の動きを止める「作用」があることを知っておくべきです。

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 依存症との関りは、「そもそも論」に捉われず、「まずまずの成果」を期待する、こういった姿勢で良いのではないでしょうか。

令和3年3月26日
院長 松本康宏

 *そもそも論の部分は、堀公俊氏が書かれた、日経ビジネススクール:「会議に出没する“そもそもオジサン”の取り扱い方」を参考にさせてもらいました