2021/05/31

人生の受容

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 今回ご紹介する本は、内館牧子さんの『今度生まれたら』です。主人公は70歳の女性。それ故、ストーリーを楽しみながら、高齢者の心理についても学べます。

 『今度生まれたら』のキャストは、主人公が①佐川夏江さん。脇役が②主人公の旦那と③主人公の姉夫婦、そして主人公とは対極的な人生を送ってきた④女性弁護士。さらに端役として、夏江が若い頃に勤めていた会社の⑤後輩(小野君)が加わります。

 主人公の夏江はそつがない女性です。性格が悪いわけではありませんが、計算高いところがあります。若い頃、社内で出世しそうな男性を選び、その人を伴侶に選びます。それが現在の夫です。ただ人生は分からないもの。夫は、出世の途中でトラブルを起こし、会社を辞めてしまいます。

 その後、夫は趣味に生きる毎日。しかし夏江には何もありません。高齢者となった今、「私の人生、これで良かったのかな~」との思いがつきまといます。そこでつぶやく言葉が「今度生まれたら・・・」。夫の寝顔を見てつぶやくところがなお意味深です。

 ずいぶん前になりますが、私は内館さんのエッセイを読んでいたことがあります。そのため、少しは彼女の人柄を推し量ることができます。彼女は、「愛社精神」の強い人物。こういった女性は、結婚をすれば、得てして旦那の熱烈な応援団になります。

 夏江は社内で結婚相手を見つけ、早期に寿退社をしました。その点は35歳まで三菱重工に勤めた内館さんと異なります。しかし、夏江は内館さんの想像の産物。それ故、夏江の思考は内館さんの思考です。例えば、夏江は「夫に恥をかかせてはいけない」との思いが強い女性。そういったところも作者と似ています。

 つまり、夏江が、夫の寝顔を見ながら、「今度生まれたら」とつぶやくのは、夫に期待し、尽くしてきた「反動」もあるのでしょう。

 さて、内館さんのことですから、もしかすると脚本の中に、さりげなく自分を登場させているかもしれません。そういった視点で見てみると、上記5名の中で内館さんと一番似ている人は⑤の小野君です。

 小野君は、高卒のため、初めから出世の道が閉ざされていました。しかし、会社を辞めた後、園芸の世界で頭角を現し、歳を取っても“いきいき”としています。また若い頃、夏江から袖にされたにもかかわらず、彼女からあてにされると協力を惜しみません。つまり、すごく“いい人”なのです。

 内館さんが会社に勤めた頃は、女性がエリートコースに乗るなど、普通あり得ませんでした。彼女は会社を辞めた後、脚本家として成功し、今も活躍されています。まさに小野君そっくりです。

 しかし、内館さんの本当の望みが、小野君のような生き方だったかというとそれは疑問です。(勝手な推測で恐縮ですが)本当は小野君の「奥さん」のようになりたかったのではないでしょうか。

*****
 エリクソンという人は、老年期の課題を、「自我の統合」と考えました。統合とは、簡単にいうと、「これまでの人生で良かったことも悪かったことも全て受け入れる」という意味です。

 果たして、この本の主人公(夏江)は、人生を統合することができたのでしょうか。

 ぜひ『今度生まれたら』を手に取って、ご確認いただければと思います。

令和3年5月31日
院長 松本康宏