皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今回は、依存症-その3(最終回)です。
一回目は、依存症の全体像、二回目は、これまでの疑問と最近の対応について記しました。第三回目(今回)は、「ハームリダクション」「啓発活動」「アルコール依存症治療革命」「Sunミーティング」の4つを取り上げます。
【ハームリダクション(害を減らす)】
カウンセリングではよく、「オール・オア・ナッシングの考えを避けよう」と言われます。世の中の出来事は0点と100点だけではありません。30点も60点も存在します。仮に100点を取れないからといって「人生終わりだ」と思えば、“うつ”は悪化します。だから、そういったアドバイスをするのです。
「ハームリダクション」も似ています。害を少しでも減らそうと、できるところから始めます。外国でよく行われている、薬物依存の人に注射器を配るのもその一つ。勿論、止めるに越したことはありませんが、「まずは感染防止から始めましょう」というわけです。「依存症の勉強をする」とか「孤立しないようにする」といった取り組みも、個人的には「ハームリダクション」に含まれると考えています。
【薬物経験率と啓発活動】
主要国における薬物の経験率をみると、アメリカやイギリスと比べ、日本はかなり低く抑えられています。例えば、イギリスでは生涯に10%程度の人が覚醒剤を経験するのに対し、日本は1%未満。これには、薬物防止運動も一翼を担っていると思われます。
一方で、これまで行われてきた啓発活動には、次のような批判があることも事実です。それは、「覚醒剤やめますか、人間やめますか」といった過激な文言が、依存症に陥った人に対する差別や嫌悪感を助長してきたのではないかとした批判です。
いずれにせよ現在の日本は、従来の啓発活動がもたらした「功罪」を、もう一度見つめ直す時期に来ているのはまちがいないでしょう。
【アルコール依存症治療革命】
成瀬暢也氏は、『アルコール依存症治療革命』の中で次のように説いています。
⓵アルコール依存症は「病気」であると理解できれば治療はうまくいく
⓶治療を困難にしている最大の原因は、治療者の患者に対する陰性感情・忌避感情である
⓷回復者に会い回復を信じられると、治療者のスタンスは変わる
⓸アルコール依存症患者を理解するために「6つの特徴」を覚えておく
⓹アルコール依存症患者の飲酒は、生きにくさを抱えた人の孤独な自己治療である
⓺断酒を強要せず再飲酒を責めなければ、よい治療者になれる
⓻断酒の有無に囚われず信頼関係を築いていくことが治療のコツである
*⓸の6つの特徴とは「自己評価が低く自分に自信を持てない」「人を信じられない」「本音をいえない」「見捨てられる不安が強い」「孤独でさみしい」「自分を大切にできない」
以上、重要なことばかり書かれていますが、中でも⑤を読み返して頂きたいと思います。依存症になりやすい人は、「生きづらさを抱えた人である」とした「眼差し」と、人間関係に難を抱えた人と接する上での「コツ」さえ身に付けておけば、どんな人とも付き合える気がします。#難を抱えた人と接するコツは前回のブログに記しました。
【Sunミーティング】
当院では依存症のミーティングを毎週金曜日に行っています。名称を『Sunミーティング』といいます。目標は、⓵賢くなる(勉強する)⓶つながる(孤独にならない)⓷長生きする、の3つ。
実は、3番目の目標を何にするか迷いました。いくつか候補がある中で、この目標にしたのは、「長生きする」を目標にすると、やれることがたくさん出てくるからです。体をいたわることにもつながりますし、自殺の予防も含まれます。つまり、これも「ハームリダクション」なのです。
ミーティングには5~6名の方が参加されています。2年近くやってみて分かったのですが、メンバーは結構入れ替わります。仕事を再開し、ミーティングを卒業する人も少なくありません。雰囲気はほのぼのとしています。『薬物・アルコール依存症からの回復支援ワークブック』、いわゆる<SMARPP>という教材を用いて、依存症の問題に取り組んでいます。
内容を少しだけ紹介しておきます。依存症は、脳の中に<やっかいな神経回路>ができた状態。一旦できた神経回路は簡単には消せません。何らかのきっかけでその回路が活性化すると、依存症ではない人の何十倍・何百倍といったレベルで「欲求」が生じます。だから、自分にとってのきっかけ(トリガー)や欲求が生じた時の対処法を知っておくことが大事。ミーティングでは、こういったことを勉強(訓練)しています。
他にもアルコール依存症の家族が集まる会も開催しています。こちらは月に一回。名称を『Sun Sunミーティング』といいます。加えて、近々ギャンブル依存のミーティング(『Sun Gミーティング』)も立ち上げる予定です。
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以上、3回に渡って「依存症」について記してきました。依存症は身近な病気であること、叱っても治らないこと、今はそれなりに治療法があることを少しはお伝えすることができたでしょうか。回復への道のりは平坦ではないかもしれませんが、「太陽」は差しています。『Sunミーティング』もその一助になれれば幸いです。
令和2年11月13日
院長 松本康宏
<参考>
『アルコール依存症治療革命』成瀬暢也著 中外医学社
『薬物依存症』松本俊彦著 ちくま新書