2020/07/22

信長からの手紙

 皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 最近起きた「いいこと」として、当院栄養科の『自慢のメニュー』が日精協の雑誌に載りました。暗いニュースが多い中、身近な「いいこと」に、もっともっと目を向けていきたいと思います。

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 話は変わりますが、近頃よく、「サイコパス」という言葉を目にします。中には「織田信長は究極のサイコパス!」とした記事もありました。すると、歴史好きな私としては、本当にそうなのか気になります。そこでちょっと検証してみることにいたしました。

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 最初に「サイコパス」の説明から始めます。サイコパスとは一言でいうと「良心の乏しい人」。別の言い方をすれば、冷酷でずるい人です。

 精神科の診断基準でいうと、「反社会性人格障害」に近いとのこと。しかし、自己愛性人格障害や演技性人格障害の特徴も含んでいるように思います。

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 検証にあたっては二つの書簡を参考にしました。一つは信長が“ねね”に送った手紙。もう一つは佐久間信盛に出した折檻状です。

 まずは、“ねね”に宛てた手紙から見ていきます。

 信長は、秀吉の妻、“ねね”から相談事を持ちかけられます。それは秀吉の浮気について。そこには、「さらにきれいになったな」「ハゲネズミ(秀吉のこと)がお前以上の女を見つけることはできない」「正室として堂々としていなさい」「ただ、あまり夫を責め過ぎてもいけない」としたことが書かれています。

 最初読んだ時には、信長が“ねね”を諭しているのかと思いました。秀吉も城主になった以上、跡取りが必要だからです。しかし、何度か読み返し、考えを改めました。

 これはまるで舅が嫁にあてた手紙。「こんなに良い嫁が、よくぞ、うちの息子のところに来てくれた。本当にありがとう」といった感じが伝わってきます。純粋に「二人仲良くして欲しい」ということを信長は伝えたかったのでしょう。

 相談を受けた側が、自分の立ち位置をどこに置くかは難しい問題です。このケースでいえば、“ねね”(相談者)の側に立つのか、それとも“ねね”と秀吉(家族)の中間に置くのか、それによって物事の見え方や返答が変わってきます。

 濃姫(正室)との間に子どもができなかった信長には、“ねね”や秀吉の気持ちがよく理解できたのでしょう。手紙は、“ねね”と秀吉の中間より、やや“ねね”側に軸を置いて書かれています。二人の仲を取りもつ「解」が、そこにあると考えた信長は、天性のカウンセラーかもしれません。

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 次に、部下、佐久間信盛に送った折檻状を見ていきます。

 当時、信長軍は各方面で戦闘を繰り拡げていました。最も“てこずった相手”が大坂の本願寺。その総司令官を務めていたのが旧臣、佐久間信盛です。

 信長軍は本願寺を取り囲みますが、本願寺は堅固で10年経っても落ちません。業を煮やした信長が最後通牒として記したのがこの折檻状。かいつまんで述べると次のようになります。

 <最初の5年は仕方がない。しかし、後の5年、何のアクションも起こさず、じっとしているのは何事か。どうしていいか分からないなら相談しろ。言い訳ばかりじゃないか。他の武将、光秀や秀吉や勝家は頑張っているぞ。十分、資金も渡しているよな。どうしてその資金で人(味方)を増やさないんだ。与えた金をため込むばかりじゃないか。お前(信盛)がケチなのは南蛮にも伝わっているぞ。何年か前、俺が部下を集めて叱った時、お前は言いたいことを言い、怒って席を立ったよな、そのせいで俺は恥をかいた。もう一回チャンスを与えるから、攻めてこい。それができないなら、高野山にでも出て行け。>とした内容。

 これを読んで皆さんはどう思いますか。「追放されて、かわいそうに」と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし一方で、「戦国時代の組織運営も今と大して変わらないなぁ」と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 この手紙の中で一番気になるのが、「信盛が逆ギレして、その場を出て行った」というエピソード。マニアックになりますが、その背景についても説明しておきます。

 織田軍と朝倉軍がにらみ合っています。信長は、朝倉軍の撤退を予測します。信長は武将たちに、敵が撤退したら追撃するよう、指示を出しました。信長の予想通り、夜になると朝倉軍は撤退し始めます。しかし、追撃する部隊はいません。諸将たちは準備ができていなかったのです。結局、追撃できたのは信長とその直属の部隊のみ・・・。

 後で追いついた諸将たちを信長は叱り飛ばします。多くの諸将が首を垂れる中、信盛だけは反抗します。そして発した言葉が以下のとおり。

 「我々のような部下は持とうと思っても持てるものではありません」

 このようなやりとりを聞くと、「信長もやはり現実の人だなぁ、その辺の社長とたいして変わらないなぁ」という気がしてきます。

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 勿論、たとえパーソナリティ障害の人でも、見る角度によっては、良い人に見えたりもします。だから、手紙だけで人を評価することはできません。しかし以上二つの書簡は、信長と私たちが近いところにいることを示しているように思います。

令和2年7月22日
院長 松本康宏