2021/08/03

境界知能の人が抱える苦悩

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 先日、テレビで『ハドソン川の奇跡』という映画が放映されていました。ご覧になった方もいらっしゃるかと思います。この映画の主人公、飛行機の操縦士を演じていたのがトム・ハンクスです。

 私が彼を知ったのは、30年以上前のこと。『ビック』という映画でした。その際、なぜか「この人は、人気が出るな」と思いました。

 その後、トム・ハンクスは、数多くのヒット作を生み出し、世界でもトップクラスの俳優となります。それゆえ、代表作は一つに絞れません。『めぐり逢えたら』『フィラデルフィア』『フォレスト・ガンプ』『ターミナル』『ダ・ヴィンチ・コード』『プライベート・ライアン』など、たくさん存在します。

 なかでも私のお気に入りは、『フォレスト・ガンプ』と『ターミナル』。この2つは繰り返し観ています。

 『フォレスト・ガンプ』の主人公(フォレスト)は、「境界知能」の持ち主。そのため、子どもの頃はいじめられ、大人になっても周囲から見下されがち。幸運が重なり、社会的な成功はおさめるものの、なかなか自分の居場所が定まりません。そんな彼が、子どもの頃から思いを寄せている女性がジェニー。

 ジェニーはジェニーで、「苦悩」を背負っています。子どもの頃、父親から性的虐待を受けていたせいか、大人になっても情緒が不安定。違法薬物にも手を出して、最後はエイズを暗示する病気で亡くなります。

 そんな二人ですから、いくらコミカルに描いても、「せつなさ」がぬぐえません。

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 話は変わりますが、『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著)という本が今大変売れているようです。これは、「境界知能」を題材にした新書。

 著者は、こういった子どもたちに、良い所を見つけて、それを褒めるだけでは、問題は解決しないと考えます。学習の土台にある「認知機能」を強化すべき、というのが著者の主張。それを「コグトレ」というそうですが、具体的な内容は本書をお読みください。

 また、著者の体験談にも興味を惹かれました。少年院で授業を行っていた際の逸話です。

 <「ずっと外を向いていたり」「こんなのやっても無駄だ」と投げやりな子どもたち。それが、ある時、自分が授業をする替わりに、その少年たちに授業をさせると、打って変わって、楽しそうに問題を出したり、得意そうに他の子ども達に教えたりするようになった>

 この部分を読みながら、「依存症ミーティング」のことを思い浮かべました。当院のミーティングは積極的に参加されている方がほとんどですが、(先ほどの授業のように)時々、参加者に司会をしてもらうと、さらに盛り上がるかもしれません。

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 なおこのような本が多くの人に支持されているのは喜ばしいことです。自閉スペクトラム症やADHDについて書かれた本はたくさんありますが、「境界知能」について書かれたものはほとんどありません。それ故、その存在すら、あまり知られていません。しかし実際は、多くの境界知能の持ち主が何らかの社会的支援を必要としているのです。

 現代は、境界知能の人にとって、大変生きづらい時代といえます。自由競争が加速し、「自己責任」の範囲が拡がりました。仕事が続かないのも本人の責任、家庭を築けないのも本人の責任、といった感じ。

 そういったことから、知的にハンディを抱えた人の中には、生活に困って、軽犯罪を繰り返す人もいます。実際、刑務所に入っている人の5人に1人くらいは、知的障害者だと言われています。境界知能の人も加えると、その割合はさらに増えるでしょう。

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 境界知能の人は、一見、問題がなさそうにみえますが、これまでの人生で、うんざりするほど嫌な目にあってきた人が少なくありません。彼らの「苦悩」を知る上で、以上の作品は、大いに役立つと思われます。

令和3年8月3日
院長 松本康宏