2021/08/30

子ども虐待について知る

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 今月、院内で発達障害の話をするよう依頼がありました。そこで今回は、発達障害の理解を深めるため、「児童虐待」についても触れようと考えています。

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 発達障害の子どもは虐待を受けやすいとされています。特に虐待を受けやすいのが「自閉スペクトラム症」の子ども。おそらくそれは、気持ちのキャッチボールがしづらいことと、子どもが抱えるハンディが分かりにくいことが大きな要因と思われます。

 なお虐待を受けると、子どもは発達障害のような症状を呈します、自閉的になったり、落ち着かなくなったりするのです。そのため、被虐待児の中には、虐待のせい(愛着障害)なのか、あるいは生来性の特徴(発達障害)なのか、判断に悩むケースも少なくありません。

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 では、児童虐待について学ぼうとすると、どこから始めればよいのか。それはやはり、「歴史」から押さえておくべきでしょう。

 まず法律的にみると、日本では「児童虐待防止法」が2000年に施行されています。ただこの法律は、戦前にも存在しています。それはどういうことかというと、1947年に一度、児童福祉法に取り込まれ、2000年にまた、児童福祉法から分離されたというわけです。

 では次に、①社会学と②精神医療という2つの観点から、虐待や虐待と関連の深い(トラウマ・PTSD)といったものの歴史をみていきたいと思います。

 社会的な見方に関しては、『児童虐待のポリティクス』(明石書店)という本が役立ちます。それによると、わが国における「虐待対策の歴史」は3期に分けられます(一期・二期・三期)。

 一期は、子どもに物乞いをさせないといったレベルの対策。具体的には、役所の職員がそういうことをさせていないかパトロールをするといった対応です。世界的にみると、今でもそういった段階の国はたくさん存在します。

 二期は、アメリカのケンプという人が1962年に出した論文、『打撲児症候群 Battered-Child Syndrome』が大きく影響しています。ケンプの主張は、「虐待があるのではないかといった目で見ると、実はたくさん起きているよ」といったものです。何度もけがをして救急に運ばれてくる子ども、X-p写真を撮ってみると、親の証言と所見が異なる、そういったことがめずらしくないというわけです。

 そして、最後の三期が現在です。年代でいうと1990年以降。戦後、多くの知識人がアメリカで学んだことを日本に持ち帰り、その普及に努めました。虐待対策も然りです。そして2000年には法律(児童虐待防止法)も施行され、マスコミも虐待のニュースを大々的に取り上げるようになりました。その結果、一斉に虐待防止運動が盛り上がったのが現在です。

 以上が、「社会学的」にみた歴史ですが、今度は、「精神医療」の面から虐待関連の歴史をみてみたいと思います。

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 100年ちょっと前、フロイトはヒステリー(神経症の一種)の原因を探っていました。ヒステリーとは、身体的には問題がないのに声が出せなかったり(失声)、歩けなくなったり(失歩)する疾患のこと。当時は、そういった症状を出す人が多かったようです(『アルプスの少女ハイジ』に出てくるクララもそうですね)。

 フロイトは、そういった症状を呈する人から、意識できていない記憶を引き出そうと取り組みます。その姿勢は真摯かつ熱心でした。その結果、みんながみんな、性的外傷体験を語るようになります。

 この経験からフロイトは、性的な外傷体験がヒステリーの原因だと考えました。しかし、しばらくしてその考えを改めます。性的な外傷体験は、現実にあったものではなく、空想の産物と捉え直したのです。ではどうしてそういった空想が起きるのかというと、子どもにも(広い意味での)性欲があって、異性の親と結びつきたいという潜在的な心理があるから、というのがフロイトの考えです。

 一方、後になって、この理論は、トラウマを重視する立場の人から非難を浴びるようになります。その非難とは、フロイトが性的外傷説を否定したために、ずいぶん長い期間、社会から、性的虐待が見逃されてきたという批判です。

 なお、ベトナム戦争(1955~75)をきっかけに、アメリカ社会では、トラウマやPTSDへの関心が高まりました。結果、1980年にはアメリカの診断基準(DSM-Ⅲ)にPTSDが採用されています。

 日本では、1995年に起きた阪神淡路大震災がトラウマやPTSDを考えるきっかけとなりました。それに関しては、当時、神戸大学の教授をしていた中井久夫さんの影響も見逃せません。中井さんは、戦後の精神医療を代表する人物。その彼が、トラウマやPTSD について語ったことで、多くの精神科医がこの領域に関心を寄せるようになりました。

 最後に忘れてならないのは、近年における発達障害のブームです。これによって、当初発達障害に向けられていた関心が、愛着障害や児童虐待にまで拡がりました。

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 以上今回は、虐待に関連した事象について、その歴史を、「社会学」と「精神医療」の二つの観点から、おさらいしてみました。このブログが、こういった問題に興味を持つ、ちょっとしたきっかけになれば幸いです。

令和3年8月30日
院長 松本康宏