2021/07/20

必要な時間

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 先日、森吉山に行ってきました。登山中、周りの景色を見ながら色んなことを考えました。

 森吉山のふもとには、阿仁川が流れています。山魚が捕れそうな浅瀬の清流です。阿仁(アニ)という名は、アキタ、ヨコテ、オオダテ、モリヨシといった町の名と、どこか語感を異にします。調べると、アイヌ語のアンニ(木立)から来ているとの説が載っていました。

 北東北は縄文時代に栄えた場所です。アイヌイコール縄文人ではありませんが、アイヌは縄文人の末裔といわれています。

 縄文時代、この川で魚を捕っていた親子もいるのではないでしょうか。この浅瀬では、大きな針(鹿の角)で魚を捕るのは難しそうです。河原の石で流れをせき止め、魚を隅に追いやって、手づかみ。あるいは槍でブスリ。そういった光景が浮かんできます。

 今と比べれば、縄文時代は、情報も限られていたはずです。時間の流れもゆったりしていたことでしょう。そんな中、縄文人はいったいどんな会話を交わしていたのでしょうか。

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 話は変わりますが、精神科医の岡田尊司さんが週刊新潮(7月15日号)に、興味深い記事を載せていました。内容は、「今、ADHDが過剰に診断されている」「大人でADHDと診断されている人の中には、本当のADHDではない人がかなり混じっている」「そういった偽のADHDは、愛着の問題を抱えていることが多いのではないか」といったもの。

 それを読んで、買った後、自宅の棚に積んだままにしていた本を思い出しました。『ADHDの正体』という、岡田尊司さんの本です。目を通すと、彼の主張を裏付ける研究が、いくつか載っています。特に関心を魅かれたのが、ニュージーランドの調査。対象は1037名。その人たちを38年間追跡した結果が以下の通りです。

 12歳までにADHDと診断がついた人が61名。38歳の時点でADHDと診断がついた人が31名です。しかし、31名中、12歳までにADHDの診断がついていた人は3名のみ。ということは、38歳の時点でADHDと診断された人(31名)のほとんど(28名)が、本当のADHDではないということになります。なぜなら本当の発達障害なら、子どもの頃からその特性を有しているからです。

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 岡田氏の主張のとおり、ADHDではない人が抗ADHD薬を飲んでいても意味がありません。愛着に問題を抱えた人には、それに見合った対応が必要です。ただ、愛着を取り扱うのも簡単なことではありません。愛着をテーマに話し合ったことで、むしろ状態が悪化してしまう人もいます。

 また、生育歴や親子関係について詳しく尋ねられただけで、それを解決しないと前進できないと思い込んでしまう人がいます。しかし、過去自体は変わらずとも、現状が好転することで、「過去の見え方」が変わってくるのはよくある話です。

 加えて、世の中に完璧な親子関係など存在しないことから、発達障害以上に愛着の問題が「過剰診断」されてしまう危険性もあります。

 そういったことから、治療を開始してしばらくのうちは、「生活面での課題」を扱っておいた方が無難と思われます。

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 なお愛着の問題は、精神科の医療に留まる話ではありません。社会全体の問題です。

 縄文時代、子どもたちは、今よりもっと家族と行動を伴にしていました。父親と一緒に魚を捕ったり、母親と一緒にドングリからクッキーを作ったり・・・。

 こういった『時間』が、愛着の形成には、必要なのでしょう。

令和3年7月20日
院長 松本康宏