2021/10/12

紙風船

 すっかり秋になりました。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 最近、依存症の治療が変わってきています。今回、その理由について考えてみたいと思います。

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 まず一つ目は、従来の依存症治療では成果をあげることができなかったこと。

 生育歴や生活歴を知るのは重要です。勿論、個人の葛藤も扱わなければなりません。

 共依存・アダルトチルドレン・機能不全家族、こういった概念も画期的ではありました。それらの知見を得たことで救われた人も確かにいます。

 ただこういった視点から支援をしようとしても、多くのケースにおいて、個人や家族を再生させるのは困難でした。

 すなわち、「新しい治療」が求められていたのです。それが、治療が変わってきた一番の理由と思われます。

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 次に認知療法的なアプローチが普及してきたこと。

 当院のミーティングも、「認知」を扱っています。

 依存症とは、脳にやっかいな神経回路ができた状態。トリガー(刺激)に出くわすと、この神経回路が活性化し、激しい欲求が生じます。そのため、自分のトリガーを知って、それを避けたり、欲求が生じた際の対処法を身に付けておかなければなりません。そういったことを学習しているのです。

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 三つめは、「自己治療仮説」が受け入れられるようになったこと。

 これまで、依存症になる「理由」として、さまざまな説が語られてきました。そんな中、最近多くの人に支持されているのが「自己治療仮説」です。これによると、人は快楽を求めて依存症になるのではありません。“生きづらさ”を緩和しようとして、すなわち、自らを治療しようとして依存症になるのです。

 確かに、薬物依存や自傷を繰り返す人をみていると、この説があてはまるように思います。では、ニコチン依存は?というと、私はあてはまらないような気がします。なぜならニコチンの場合、その多くは、生きづらさというよりも禁断症状のせいでやめられなくなるからです。(注:この説を唱えたカンツィアンはニコチンもあてはまるといっています)

 じゃあ、アルコールはどうでしょう?私は、あてはまる人もいれば、あてはまらない人もいると思います。実際、当事者に聞いてみても、つらくて飲んでいた人もいれば、楽しく飲んでいた人もいます。

 このように「自己治療仮説」があてはまるかどうかは、依存対象によっても異なります。

 とはいえ、依存症になれば、誰しも「生きづらさ」を抱え込みます。そういった状態の人に説教をしてもはじまりません。「生きづらさ」を軽減するための支援が必要です。

 「自己治療仮説」を採用すると、この支援がしやすくなります。つまり治療的なのです。そこが多くの人に支持されている理由なのでしょう。

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 最後に、あるエピソードを紹介して終わりにします。

 10年以上前のことです。児童虐待に関連した集会で、20代とおぼしき男性が次のようなスピーチをしていました。

 「自分の父親がアルコール依存で、子どもの頃、しょっちゅう暴力を振るわれた」「すさまじい家庭環境で育った自分は、アダルトチルドレンである」「そのせいか大人になってからも、自分はどこか周りと違う、どこかおかしいと感じてきた」「そして、自分のおかしなところを治そう、治そうとしてきた」「でも、そうすればそうするほど、うまくいかなかった」。

 「いわば自分は『紙風船』のようである」「へこんでいる部分を引っ張ったり、反対側を押してみたり・・」「けれども、今度は別のところがへこんだり、余計にくしゃくしゃになったりした」「だから今は、こういった自分をそのまま受け入れようと思っている・・・」。

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 依存症のことを考えていると、時々、この『紙風船』の話を思い出します。

 放っておくと、生きづらさは「連鎖」しかねません。それを止めるためにも、今、新しい治療(関わり)が求められています。

令和3年10月12日
院長 松本康宏

追伸:11月9日(火)18時~19時、依存症WEBセミナーを行います。当事者からもお話をして頂く予定です。是非、ご参加下さい。詳しくは、当院医療相談室まで。