2022/11/11

いつでも変われる

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 今回は依存症と映画に関する話です。

 依存症は「治療ギャップ」の大きな疾患といわれます。診断がつく人の5%程度しか専門的な治療を受けていません。特に女性の場合、ほとんどの人が治療を受けていないのではないでしょうか。それだけ、この問題をオープンにしづらいのだと思います。

 先月、一年間行ってきた『女性のお話し会(依存症の方が対象)』を休止しました。残念ながら、参加者が少なかったからです。しかし、金曜日に行っている依存症ミーティングでは、女性の参加者が増えてきています。そのため来春あたりには、再開できるかもしれません。

 『女性のお話し会』では、毎回、冒頭で話題提供をしていました。最後に選んだのは『いつでも変われる』というテーマ。内容的には、エリクソン(精神分析家)の話から入りました。エリクソンは、モラトリアムやアイデンティティといった言葉を広めた人物です。ただ、彼の最も重要な業績は、成人期以降の発達過程にも言及したことだと思います。

 私もエリクソン同様、人間は死ぬまで発達すると思います。なぜなら悩みは生涯つきものですし、それを乗り越えるたびに人間は発達するからです。

 なおエリクソンは、人生を8つのステージに分けました。そして、それぞれのステージにおける課題を提示しています。

 最後のステージとなる<老年期>では、「インテグリティ」が課題となります。「インテグリティ」の解釈は簡単ではありませんが、私は「自分の生涯を、自分なりに納得すること」と捉えています。

 この点について考察を深めるため、先日の『女性のお話し会』では、黒澤明監督の『生きる』を題材にいたしました。

 映画のあらすじはこうです。主人公(勘治)は定年間際の男性。役所に勤め、書類にハンコを押すだけの毎日。一方、職場には陳情者がたくさんやってきています。しかし対応はおざなり。いわゆる「たらいまわし」の状態です。

 さて、本来であれば、無事、定年を迎えるはずだった主人公(勘治)ですが、病のせいで人生が一転します。

 当時、胃がんは不治の病。自分が癌になったことを知って、慌てふためく勘治。遊びに走ってはみたものの、満足感は得られません。そんなとき、かつての部下(若い女性)と出会います。彼女は、自分が工場で作っている、ぬいぐるみを見せて、こう述べます。「子どもたちが喜ぶ姿を思い浮かべると、幸せなの」。勘治は、ハッとします。やることが見つかりました。「公園を造って欲しい」と、陳情者がたくさん来ていたことを思い出したのです。打って変わり、公園の造設に向けて、奔走する勘治。最後、完成した公園でブランコに乗りながら、息を引き取ります。

 ずいぶん前に観た映画なので、詳細はあいまいです。でも、観た時の感動は今も残っています。

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 最後にもう一つ、この映画の印象的な場面を紹介させて下さい。

 さきほど、主人公(勘治)が若い女性からヒントを得たことを述べました。その場は喫茶店でした。そこではパーティが開かれています。だれかの「誕生会」です。これは、何を示しているのか・・・。そうです。定年間際の主人公が生まれ変ったことを示しているのです。

 エリクソンも黒澤も、『いつでも変われる』ということを言いたかったのでしょう。

令和4年11月11日
院長 松本康宏

追伸:11月26日、『当事者の声を聴く会』を開催します。詳細は、ホームページ上の『当院からのお知らせ』をご覧ください。皆様のご参加をお待ちしています。