みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
今回のテーマは、「ネガティブ・ケイパビリティ」です。
「ネガティブ・ケイパビリティ」をそのまま訳すと「消極的な能力」となります。しかし、これだと意味が分かりません。そこで『ネガティブ・ケイパビリティ』(朝日新聞出版)という本を上梓された帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏による意訳をお借りします。
帚木氏は、「ネガティブ・ケイパビリティ」を<答えの出ない事態に耐える力>と訳されています。ではいったい、この<答えの出ない事態に耐える力>とはどういうものなのでしょう。
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私は浪人時代、息抜きと称して、しばしば映画館に出かけていました。なけなしのお金から映画代を捻出します。チケット売り場でのやりとり。私「学生一枚下さい」、店員「高校生?大学生?」、私「予備校生です」、店員「じゃあ一般料金です」、私(がっくり)。
浪人生は、社会における自分の立ち位置(身分)が不明瞭です。しかも先行きも不透明。「そういった不安定感に耐える力が、ネガティブ・ケイパビリティなのかな~」。そんなことを考えながら、帚木氏の本を読み始めました。
読んでいる途中、もう一つ思い出したことがあります。以前、とある知り合いと雑談をしていた際、受験の話になりました。彼は豪快に笑って話します。「私なんか、10回もセンター試験を受けましたよ。ガハハハハ」。それを聞いて「大丈夫か」と思う反面、「すごいな」とも思いました。10回もセンター試験を受けるなんて、「持ちこたえる力」がないとできません。これこそ、ネガティブ・ケイパビリティです。
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なお、ネガティブ・ケイパビリティは非常に幅の広い概念です。
<答えの出ない事態>というと、不安定な状態や八方ふさがりの状態を思い浮かべますが、事態はそれだけではありません。老化や進行性の疾患、別離などは、答えが出ない上に「喪失」まで伴います。とすれば、<失うことに耐える力>もネガティブ・ケイパビリティに含まれるのではないでしょうか。
さらに、答えの出ない事態に面して、一切そのことを考えないようにしてもいいし、思索を続けながら新しい展開を待つのでもいいと思います。いずれにせよ、「持ちこたえる」のが大事です。
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現代は時間の流れが加速化しています。そのため、新しい情報を仕入れて、常にアップデートしていかなければなりません。古いやり方では通用しないのです。そのため巷には、仕事をうまくこなす方法や時間を効率的に使う方法といった記事があふれています。つまり、仕事をこなす力や問題を解決する能力といったポジティブな方(ほう)にばかり、注目が集まっているのです。
しかし、ポジティブな力とネガティブな力、どちらがどれくらい必要かというと、それはおそらく1対9くらいの割合でネガティブな方だと思います。なぜならいくら時代が変わっても、世の中には解決できない問題の方が圧倒的に多いからです。
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最後に、そういった「ネガティブ・ケイパビリティ」の身につけ方について検討してみたいと思います。
①資本主義に毒されない②長いスパンで考える③個人の知恵より、時間ぐすり④寄り道の良さに気づく⑤世の中に正解はないことを知る、こういったことを起点に思索を続けてみましたが、なかなか良い考えに辿り着けません。
しかし焦る必要はないのでしょう。なぜなら、答えのでない問題と向き合い続ける姿勢こそ、「ネガティブ・ケイパビリティ」だからです。
令和4年9月9日
院長 松本康宏