2022/07/19

上を向いてアルコール

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 今回は、『上を向いてアルコール』(ミシマ社)というエッセイを参考に「依存症」について考えてみたいと思います。このエッセイは、名コラムニストといわれた小田嶋隆さんの作品。ご察しのとおり、アルコール依存症の体験談です。

 小田嶋さんは、アルコール依存症の人に、全員ではないにせよ、次のような傾向があると述べました。

 <アルコールに依存しがちな人間には、いろんなことについて物事を単純化したい欲望があらかじめ宿っている気がしています>

 そして<酒を飲むという行為は、そういう立案を嫌う人間が依存しやすい生き方だと思います。いろんなときに「ま、とにかく飲んじゃおうよ」というのがいいプランに見えたんだと思うんですね。私にかぎらず、人間は「人生を単純化したい」というかなり強烈な欲望を抱いています>

 これを聞いて、“なるほど”と思いました。考えるのが面倒くさくて飲んでしまうというのはよく分かります。ただ、小田嶋さんが例にあげた、考えるのがそもそも嫌いなタイプの他に、もう一つ別のタイプがあるように思います。それは、物事をややこしく考えすぎて、その結果、考えるのが嫌になってしまうタイプです。両者は、若干、対応が異なるため、判別しておいた方がよいでしょう。

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 当院は現在、依存症の治療に力を入れています。その際、用いている教材の一つが『SMAPP(スマープ)』と呼ばれるもの。これは24回で構成されており、8回目のテーマが、<これからの生活のスケジュールを立ててみよう>です。スケジュールを立てるのがなぜ重要かというと、それは、することがないと飲みたくなってしまうからです。

 しかし、「スケジュールを立てる」というのは、「言うは易く行うは難し」です。小田嶋さんも、そのあたりについて、自分を評して、こう述べています。

 <考えるのが嫌いな人間が、じゃあなんでコラムニストやってんだ、っていう話にもなるわけだけど、とにかく、立案とか計画みたいなことがすごく苦手なんですよ。場当たり的になにかをやることはできるし、単純な課題を与えられるとそれをこなす力はある。だけど、プランニングは絶対的にできない。酒はそういう人の心のなかに入っていくものなんだと思います>

 では、スケジューリングが苦手な人はどうすればよいのでしょう。それは、スケジュールがあらかじめ組まれている場所に行けばいいのです。例えば、デイケアだったり、就労支援施設だったり・・・色んな場所が考えられます。なにも一から十まで自分でスケジュールを立てる必要はありません。

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 もう一つ、小田嶋さんの話で記憶に残ったところをご紹介しておきます。

 <特に私みたいなタイプの人間は、元来が扱いにくくてすぐにヘソを曲げがちな人間である自分をなんとかなだめるための方法というのか手段を持っていないと、他人とか社会とか仕事とか以前に、自分自身と折り合いをつけることができない>

 <つまりまあ、わがままに生まれついてしまった人間は、他人から見れば好き放題に言いたいことを言っていてえらく気楽に見えるのかもしれませんが、本人としては、自分を機嫌よく保っておくというそれだけのことにいつも苦労している>

 私はここを読んで、ドキッとしました。「自分もそうだ」と思ったからです。しかし考えてみると、悩みとはすべて、「自分との折り合い」のつけかたの問題だし、みんなそれで苦心しているのだと思います。

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 小田嶋さんは、エッセイで、依存症だった自分をシニカルかつコミカルに描きました。そこが面白くて、味わい深いのですが、実はその視点こそ、回復に重要な気がします。

 なぜなら、“自分で自分を笑ってみる”のは、それこそ見事な、「自分との折り合い」のつけかただからです。

令和4年7月19日
院長 松本康宏