みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
先日、『大河への道』という映画を観に行きました。これはいい映画でした。
あらすじを少し紹介させて下さい。主人公は、千葉県香取市の中年公務員、池本(中井貴一)。日本ではじめて地図を作った、地元の名士、伊能忠敬(いのうただたか)を敬愛してやまない人物です。そんな彼がひょんなことから、伊能を題材にした大河ドラマの企画責任者に任命されます。知事の命を受けて、池本は、大物脚本家、加藤(橋爪功)にシナリオを依頼。最初は渋っていた加藤ですが、池本の熱意に打たれ、伊能について調べ始めます。すると、伊能忠敬に関する新たな事実が発覚・・・。
伊能は全国地図を完成させる前に亡くなっていました。だからこの映画は、伊能の意志を引き継いだ者たちの物語です。
たしか、歴史作家の井沢元彦氏が、伊能忠敬を「中年の星」と呼んでいました。伊能が地図を作り始めたのは55歳。その後、17年間で40000キロを歩き、精密な地図を作ります。それはいま見ても驚くような代物。眺めていると、伊能が語りかけてくるような気がします。「50代で引退なんて早すぎる」「人生これから」「まだまだできるぞ」と。
*****
中年期はとかく気持ちが沈みがちです。それは何となく先が見えて、期待感が薄れてくるからでしょう。では、こういった時期に、どうして伊能は新しいことにチャレンジし、成果をあげることができたのか。その点について、私なりに思いついたことを3つ述べたいと思います。
一つは強い「好奇心」。伊能は、元々、地図を作りたかったわけではありません。はじめは地球の大きさを知りたかったのです。地球の大きさを知るには、遠く離れた地点から星を観察する必要があります。そのための最適地が蝦夷(北海道)。しかし、そこに行くには幕府の許可が必要でした。そこで伊能は幕府の仕事を買って出ます。蝦夷の地図を作るという仕事です。それが伊能図の始まり。
二つ目は「健脚」。4万キロなんて簡単には歩けません。相当な健脚の持ち主です。しかし、体が丈夫だったかどうかは評価の難しいところ。冬には喘息で悩まされていたという話もあります。
そして三つ目がビジネスで得られた「経験知」。伊能は実業家としても優れていました。「任されたことをきちんとこなすと、今度はさらに大きな仕事を任される」。そういうことを知っていたのでしょう。伊能は初め、かなり持ち出しをしています。それでも仕事の完成度にこだわりました。だからこそ、次から次へと地図を作るよう依頼されたのです。
*****
以上が3つの理由です。しかし、ここにきて、もう一つ理由があることに気付きました。それは『大河への道』が教えてくれたことです。伊能図は伊能一人で完成させたものではありません。伊能には協力してくれる仲間がいました。「好奇心」「健脚」「経験知」、そして「仲間」。それらが中年期を充実させる重要な要素なのでしょう。
令和4年6月10日
院長 松本康宏
追伸:7月31日に『当事者の声を聴く会』(第2回)を開催いたします。ぜひ、ご期待下さい。詳細は後ほどホームページにてお知らせいたします。