2024/09/25
人と地域を
もっと健康に
発達障害ーその4再掲
《その四》
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。発達障害に関するブログは今回が最終回です。
【個性と支援】
以前、「発達障害は個性といえるのか」という議論をよく耳にしました。発達障害の特性を多くの人が有しているのであれば、「個性といっても良いのではないか」とした意見です。
これに関しては、次のように思います。
<知能指数はIQ 100を真ん中に正規分布します。その形は左右対称です。しかし、知的障害はそういった生理群だけではありません。病理群も存在します。病理群の多くは染色体異常や代謝異常など原因が判明しています。そしてその群も加えると正規分布の左端の方が少し膨らみます。自閉症スペクトラムも同じではないでしょうか。仮に「社会性」という指数で統計をとることができれば、知能指数と同じように左端が少し膨らむような気がします。つまり、生理群だけでなく、病理群もあるように思うのです。>
<>の部分は、滝川一廣氏の論文をほぼ引用したものです。滝川氏は、その中で、病理群より生理群の方が圧倒的に多いこと、また生理群はスペクトラムであること等を主張されています。おそらくは、当時、スペクトラムの概念が広まっていなかったこともあっての主張かと思われます。
私はそれ以外にも、「病理群があるとすれば、その群まで個性と考えるのは不自然ではないか」と考えました。発達障害の特性をすべて個性と捉えると、差別は減るかもしれませんが、支援が行き届かなくなる可能性があります。そういったことから、「すべてを個性と考えなくても良いのではないか」というのが私の考えです。
なお、発達障害の特性を、「どの程度、持ち合わせているのか」とした視座も必要です。多くの人が発達障害の特性を有しているからといって、「困っている度合い」も同じではありません。“うつ”が深刻な人に対して、「自分もうつっぽくなることはある」とした姿勢で臨めば、それはその人を理解していないことになります。発達障害に対する支援も、それと同じ。その人が「困っている度合い」を知ることから始まります。
参考: そだちの科学 April 4・2007 発達障害再考 滝川一廣
ぼくらの中の発達障害 ちくまプリマ―新書 青木省三
【重ね着症候群】
平成16年(2004年)、衣笠隆幸氏が『重ね着症候群』という概念を発表しました。当時はまだ、精神科医療に「発達障害」の概念が充分浸透していませんでした。しかし、境界性人格障害や摂食障害の多くが、「発達障害」の特徴を多少なりとも持ち合わせていることに気付いていた精神科医は少なくありません。ただ「発達障害なのか人格障害なのか」という択一論に捉われていたのです。
こういった時期に、衣笠氏が境界性人格障害や摂食障害の背景に「発達障害」が存在するのは珍しくないこと、さらにそのような人は「発達障害という下着に人格障害という上着を重ね着しているようだ」と表現したことは大変意義のあることでした。
当時私は、「自閉症の特性自体を治さないといけないのだろうか、果たして、そのようなことができるのだろうか」と考えていました。しかし、『重ね着症候群』の概念を知り、そのように考えなくても良いことに気付きました。
人は「気質」を核にしてパーソナリティを形成します。発達障害の特性もいわば「気質」の一種。だから、発達障害(気質)のせいで、パーソナリティに歪みをきたさないようにすることが大事です。とりわけ重要なのが虐待防止といじめの回避。二次障害を引き起こさないようにするため、社会はこの2つの課題に取り組むべきです。
参考:現代のエスプリ 474 「重ね着症候群と軽度発達障害」 衣笠隆幸
【精神科に求められていること】
最後に症例を用いて「精神科に求められていること」を考えてみたいと思います。
症例B:20代、女性。
<摂食障害の女性が受診しました。どうも背景には、自閉症スペクトラムがありそうです。また、その子は父親と気質的にそっくりです。父親は知的に優れた人ですが、対人交流が苦手で職を転々としたあげく、今は引きこもり状態です。一方、母親は社交性に富んだ人物。自らブティックを経営し、いきいきと生活しています。そのため女の子は、「父親のようになりたくない、母親のように生きたい」と話します。しかし、どうやら父親譲りの気質が邪魔をして、うまくいっていないように思えます。>
この短い文章の中には、本人と両親の気質が書かれています。こういったことを確認しておくのは大事。しかし、治療者にとって必要なのは、その子にとって「どういう親だったのか」という視点です。これは親の気質とはまた別な話。さらに、人は苦手なものを克服したいという気持ちや無いものに焦がれる感情を持ち合わせています。おそらく、この女性の葛藤もそういったところからきているのでしょう。
自閉症スペクトラムの特性を見つけて、それを指摘するだけが精神科の仕事ではありません。親子関係を含めて、その人が育ってきた歴史。その人が置かれている環境。そしてその人の気質。そういったものを総合的にみて関わることが求められているのでしょう。
令和2年7月10日(令和6年9月25日再掲)
院長 松本康宏