2025/08/15
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これからの依存症対策-その2
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
今回は、『これからの依存症対策-その2』。前回の話の続きです。
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ここのところ依存症の治療が変わってきています。イソップ寓話の『北風と太陽』の話のように、太陽政策に変わってきているのです。
例えば、診察はこんなかんじです。4週間ごとに受診されているケース。患者さんは“25勝3敗”とか“23勝5敗”とおっしゃります。勿論これは、断酒できた日とスリップ(再使用)した日のことを指しています。そこで、私はこう伝えます。「25日も断酒できたんですか。よく頑張りましたね!」「3回スリップ(再使用)しちゃったけど、来月はさらに(スリップする回数が)減ればいいですね」……。
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ではどうして、治療の仕方が変わってきたのか。私の推測では以下の3つが大きかったと思います。
一つは、従来のやり方には限界があったということです。その代表が「共依存」の概念です。依存症の理解を深めたものの、患者さんの治療成績にはさほど結び付きませんでした。
「共依存」に関しては少し説明が必要かと思います。
ある家庭で夫がアルコール依存症になったとしましょう。当然、家族ですから、妻は夫の回復を願って、一生懸命世話をします。しかし、責任の肩代わりばかりしていると、夫はいつまで経ってもよくなりません。なぜなら、本人が依存症の問題を自分の問題として捉えないからです。さらには、夫の世話をしているうちに、それがある種、妻の「生きがい(生きていく上での張り合い)」になってしまうことがあります。そうなると事態は深刻で、夫が回復し始めると、こんどは妻の方が張り合いを失って調子を崩すといった現象が生じてきます。そうやって夫婦ともども依存症から抜け出せなくなるのが「共依存」の怖さです。
私が共依存のことを肌で知ったのは次のような体験でした。医者になって間もない頃のことです。酒を飲んで暴力をふるう夫から逃れるため、一人のご婦人が入院してこられました。顔には殴られた跡があります。私はしばらく夫から離れていた方がいいと思いました。しかし、入院してまもなく、そのご婦人は「帰る」といいだします。止めても聞き入れません。「自分がいないとあの人はダメになってしまう」というのが彼女の言い分でした。
こういった共依存関係には、当時の社会的な価値観も影響していたと思います。昔は、夫婦間の役割分担がはっきりしていました。男性は外で仕事。女性は家庭を守る。上のケースでいうと、「どんな目にあっても家庭を壊してはいけない」。そうした思いが深刻な共依存を生んでいたのでしょう。
「依存症」は、周囲を巻き込みやすい病気です。そのため、依存症の理解には、共依存の概念が欠かせません。しかし、それでどれくらい患者さんが良くなったかというと、さほど治療効果はなかったというのが私の実感です。
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二つめは、「認知行動療法」の普及です。当院の依存症ミーティングは、SMARPP(スマープ)という教材を用いて行っています。このSMARPP自体、認知行動療法をもとに作られたものです。
もし認知行動療法が普及していなければ、トリガー(引き金)を避けるとか、飲酒欲求が生じた際の対処法を学ぶとか、そういった内容はなかったはずです。そう考えると、認知行動療法の影響がいかに大きいか、納得していただけると思います。
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三つめは、カンツィアンの「自己治療仮説」が支持されてきたことです。「自己治療仮説」とはどのような仮説かというと、「依存症の人は生きづらさや心の傷を抱えている」「その傷を自分で癒すかのごとく依存症になる」とした仮説です。
生きづらさや心の傷を抱えている人に「北風政策」が向いていると思う人はいないでしょう。苦しんでいる人を叱ったり、注意する人などいないからです。実際、「太陽政策」が功を奏しているところをみると、カンツィアンの唱えた説は正しかったのだと思います。
以上、『これからの依存症対策-その2』では、最近依存症の治療が変わってきたことと、その理由について記しました。
次回も依存症の話をします。引き続きご愛読いただければ幸いです。
令和7年8月15日
院長 松本康宏