2026/01/16
人と地域を
もっと健康に
内館牧子さんーその1
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
昨年12月、内館牧子さんが亡くなられました。享年77歳。とても残念です。内館さんに関しては、このブログでも何度か取り上げさせてもらいました。今回、当時のブログを改訂し再掲したいと思います。
──────
今回ご紹介する本は、内館牧子さんの小説『今度生まれたら』です。主人公は70歳の女性。キャストは、①主人公の夏江、②夏江の旦那、③夏江の姉夫婦、④夏江とは対極的な人生を歩んできた女性弁護士、⑤夏江が若い頃に勤めていた会社の後輩(小野君)です。
主人公の夏江はそつがない女性です。性格が悪いとまでは言いませんが、計算高いところがあります。若い頃、社内で出世しそうな男性を選び、その人を伴侶に選びました。それが現在の夫です。ただ人生は分からないもの。夫は、出世の途中でトラブルを起こし、会社を辞めてしまいます。その後、夫は趣味に生きる毎日。しかし夏江にはこれといった生きがいがありません。夫の寝顔をみながら、「今度生まれたら、この人とは結婚しない」とつぶやくのもそのせいです。
*****
私は昔、内館さんのエッセイを読んでいました。だから多少なりとも彼女の人柄が分かります。彼女の文章からは「愛社精神」が伝わってきました。こうした女性は、得てして家庭的。結婚すると、今度は舞台を変えて、家族を応援しようとするからです。そういった彼女の性格と当時の婚活状況を鑑みると、若い頃の内館さんは、応援しがいのある男性を探していたのではないかと推測します。
ただ、内館さんの人生は夏江とは違ったものになりました。夏江が社内で結婚相手を見つけ、早期に寿退社をしたのに対し、内館さんは独身のまま35歳で三菱重工を退社。退社後は、自分で道を切り開き、脚本家として大成します。そんな内館さんが70歳になったとき、これまでの人生を振り返り、自分の生き方を肯定します。「夏江のように生きていたら今頃後悔していたかもしれない」「男性を頼るような生き方をしなくて良かった」と。
とはいえ、内館さんは自己肯定するためにこの小説を書いたわけではありません。作品には彼女の複雑な心理が隠されています。
『今度生まれたら』には内館さんと似た人物がでてきます。端役の小野君です。小野君は、高卒のため、初めから出世の道が閉ざされていました。しかし、会社を辞めた後は園芸の世界で頭角を現し、歳を取った今も“いきいき”としています。また若い頃、夏江から袖にされたにもかかわらず、彼女から頼られると協力を惜しまない好人物でもあります。
内館さんが会社に勤めていた時代、女性がエリートコースに乗ることはありませんでした。その点、高卒の小野君と似ています。また、会社を辞めた後、成功している点も同じです。さらには、他人から頼られると協力を惜しまない性格もそっくり。
ただ、内館さんと小野君には相違点もあります。小野君が男性であることと既婚者であることです。加えてこの作品には、夫婦で造園業を切り盛りする素敵な女性として、小野君の奥さんも出てきます。
これはいったい何を意味しているのでしょう。
私が思うに、内館さんには2つの気持ちがあるではないでしょうか。一つは、自分の人生を一人で切り開いてきたという自負心。もう一つは、「小野君の奥さんのような生き方も良かったかなぁ」とした女性心理です。
*****
70歳になったとき、自分の人生を肯定できれば最高です。一方、「今度生まれたら……」と考えるのも人間らしくて嫌いではありません。まして、「ああいう人生も良かったかなぁ」と夢想するのは素敵なことだと思います。なぜならそれは後悔というより、その人にとっての「良き想い出」だと考えられるからです。
令和3年5月31日(令和8年1月16日再掲)
院長 松本康宏